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“本田2世”磐田MF小林 今夏オランダ・ヘーレンフェイン移籍へ

“本田2世”磐田MF小林 今夏オランダ・ヘーレンフェイン移籍へ
1 :砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/:2016/06/17(金) 07:39:09.89 ID:CAP_USER9.net
磐田の日本代表MF小林祐希(24)が、今夏にオランダ1部ヘーレンフェインに移籍する可能性が高まった。
16日付のオランダ地方紙「レーウワルデル・コウラント」は同クラブが小林獲得に興味を示していると報道。
関係者によれば、既に小林と磐田側は獲得オファーを受けているという。

小林は今季、3年ぶりとなったJ1舞台で真価を発揮。
それが日本代表のハリルホジッチ監督の目に留まり、今月のキリン杯でA代表初招集を受けた。
7日のボスニア・ヘルツェゴビナ戦でデビュー。磐田では本田の代表での背番号4をつけ、同じレフティーでプレースタイルも似ていることなどから“本田2世”と話題を呼んだ。
本田も海外移籍の第一歩は若手の登竜門とも言われるオランダ(VVVフェンロ)からスタート。そこからビッグクラブへステップアップを果たした。
東京Vでは若くして10番を背負い「天才」と言われた小林が、今夏に本田の背中を追って海を渡ることになりそうだ。

▽SCヘーレンフェイン オランダ北部のヘーレンフェインに1920年創設。
オランダ1部での最高成績は99〜00年の2位。00〜01年に欧州CLに初出場。今季はリーグ12位、オランダ杯4回戦敗退。
主なタイトルは08〜09年のオランダ杯優勝。主なOBは元オランダ代表FWファンニステルローイら。ホームスタジアムはアベ・レンストラ(2万6100人収容)。

http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/06/17/kiji/K20160617012797300.html
2016年6月17日 07:23



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本田が30歳の誕生日 本田が語る本田

本田が30歳の誕生日 本田が語る本田
1 :動物園φ ★@\(^o^)/:2016/06/13(月) 11:41:47.80 ID:CAP_USER9.net
日刊スポーツ 6月13日(月)11時32分配信

30歳誕生日 本田が語る本田(1)

ジャカルタの養護施設を訪問した本田(インスタグラムから)

 ACミランのFW本田圭佑が13日、30歳になった。三十路(みそじ)のサッカー日本代表は3月に開設したインスタグラムの公式アカウントで自らを「サッカー選手、起業家と教育者」と定義した。特に教育、世界中の恵まれない子どもたちが教育機会を得ることを「ライフワーク」とし、動き始めている。30歳になった本田が日刊スポーツで「教育者」本田圭佑について語った。【聞き手=八反誠】

    ◆      ◆      ◆  

 30歳を前に、よく節目だと聞かれた。自分自身は、今までと何も変わらない。ただ、残された時間への焦りは強く感じている。最近、すごく刺激を受けた言葉がある。

 「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上」 

 今年の初め、知り合いに教えてもらった。すごく素晴らしいと感じた。今までも、いろいろといい言葉に出会ってきた。アインシュタインやスティーブ・ジョブズのものも好き。でも、これが最近の一番レコメンド。インスパイアされた言葉。

 世の中では、お金や仕事を残すこと、目先のことが評価される。そんな気がする。でも、この言葉は、人を残すのが一番すごいといっている。財産でも仕事でもない。人だと、残すのは。本当にそう思う。

 海外でプレーする中で、4年前に日本でサッカースクールを始めた。コンセプトは子どもたちに夢を持ってもらうこと。夢を持つことの大切さを伝えたくて始めた。その頃から、徐々に子どもたちに目が向くようになった。4年の間で、自分の中でも大きく変わってきたことがある。世界の教育事情、特にアジアやアフリカの現状を知れば知るほど、教育に対しての思いが強くなった。

 なぜ教育なのか。一番フォーカスしたいのは、生まれながらに貧しい子どもたち。彼らに真剣にアプローチしたいと思っている。世界の教育事情を全部、知っているわけではない。まだまだ勉強中。知らないことばかりだけど、例えばカンボジアは中学への進学率が3割。残りの7割は小学校を卒業して働いている。実際に足を運び、幾つかの国の実情を知ることができた。自分の中で強い使命感が生まれた。

 教育について考える時、サッカー選手であるメリットを感じている。サッカーは世界の共通言語。世界の中でかなりトップツールだと思っている。このトップツールを、使命を感じた本田圭佑が最大限生かそう。そう考えるようになった。

 世界には、まったく不平等な環境で生まれ育ち、そのまま死んでいく人がいる。そんな世の中がまだまだたくさんあるというのが、納得できない。よく「チェンジ・ザ・ワールド」という言葉、メッセージを使っている。さまざまなものをチェンジできると信じている。その中で、最もやりたいのが貧困層、貧しい境遇の子どもたちに夢、きっかけを与えたいということ。

 実際、いろいろなアプローチで走り始めている。成功すれば、本当に世界を変えられるようなプロジェクトも徐々に進めている。内容について、それはまだ話すつもりはない。乞うご期待ということです。(続く)

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清武 決意のセビリア移籍「リーガ成功の先駆者になる」

清武 決意のセビリア移籍「リーガ成功の先駆者になる」
1 :YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2016/06/14(火) 16:09:09.51 ID:CAP_USER9.net
ハノーバーからスペイン1部セビリアへの移籍が決まった日本代表MF清武弘嗣(26)が13日、
スポニチ本紙のインタビューに応じた。
2年後に迫る18年W杯ロシア大会で結果を出すために、慣れ親しんだドイツを離れて厳しい環境に身を置くことを決断。
過去に日本人が結果を残せていないスペイン移籍の道筋を広げる意気込みを示し、1年目からの活躍を誓った。

――セビリアはヘタフェで背番号10を背負ったMFサラビアの獲得を決めた。
欧州リーグ3連覇に導いたエメリ監督が退任し、元チリ代表監督のサンパオリ氏の就任が決定的になっているが、
今の率直な気持ちは?

 「凄く楽しみ。ニュルンベルク、ハノーバーとは違う1つ上の定位置争いが待っている。
真司君(香川=ドルトムント)、圭佑君(本田=ACミラン)、岡ちゃん(岡崎=レスター)らは1つ上のチームで、
1つ上のライバルとポジションを争っている。
それを求めてスペインに行く。勝ち獲れるかどうかは自分次第だが、自信はある。
ハノーバーのチームメートにチリ代表の選手(DFアルボルノス)がいるので、どんな監督か聞いてみようと思う」

 ――ドイツでの4年間で得たものは?

 「ドイツで技術面が伸びたとは思わない。大きく変わったのはメンタル。
ドイツのサッカーに慣れた、海外の生活に慣れたという部分。慣れた場所を離れるのは勇気がいる。
大分から出るのも嫌だったし、C大阪からニュルンベルクに行くのも勇気が必要だった。
その中で、今は移籍が自分を成長させてくれたと思える。
W杯まで2年しかないし、ここで自分が変わらないと駄目だと思った。
日本代表の中心にならないといけない年齢。11年から5年間も代表にいて、何もできていない今の状況はありえない。
ハリルホジッチ監督も“キヨが1つ上に行くために、欧州リーグや欧州CLに出られるチームに行った方がいい”と言ってくれていた」

 ――スペイン1部には過去9人の日本人が挑戦したが、目に見える成功を収めた選手はいない。

 「僕がニュルンベルクに移籍した時は真司君がドイツで活躍して(ドイツ移籍の)流れをつくってくれていた。
プレミアでは岡ちゃんが優勝して、日本人がイングランドでもやれることを示してくれている。
僕もスペインでそういう存在になり、若い選手にスペインでプレーする道をつくってあげないといけない。
(エイバルの)乾君も言っていたけど、スペインは皆うまい。ドイツ、イングランドと同様に球際はガツガツ来るが、
それを簡単にいなせる選手が多い。だから技術にたけた日本人の特長が埋没する点で難しいのかなと思う。
その中でも違いを見せたい」

 ――9月にはW杯アジア最終予選が始まる。

 「W杯ブラジル大会は4年間準備したのに3試合であっという間に終わった。
自分が試合に出たのは(1次リーグ最終戦コロンビア戦の)5分ぐらい。悔しさよりも寂しさ、悲しさの方が強かった。
良い経験と言ったらいけないけど、自分を強くしてくれた経験ではある。ロシアでは決勝トーナメントに行きたい。
W杯アジア最終予選は厳しい戦いになると思うが、しっかりと本大会出場権を勝ち取りたい」

 ◆清武 弘嗣(きよたけ・ひろし)1989年(平1)11月12日生まれ、大分県出身の26歳。
元日本代表の三浦淳寛氏らを輩出した明治北小から大分の下部組織に進み、08年にトップチームに昇格。
10年にC大阪に移籍した。12年7月にニュルンベルク入りし、14年7月からハノーバーに所属していた。
12年ロンドン五輪4強に貢献。14年W杯ブラジル大会出場。国際Aマッチ通算37試合3得点。
1メートル72、66キロ。利き足は右。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160614-00000077-spnannex-socc

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